
松山市は、愛媛県の中央部である松山平野にあり、瀬戸内海気候に属するため、温暖で自然災害も極めて少なく、絶好の自然条件を備えています。また、日本最古の道後温泉や2002年に築城400年を迎えた松山城などに代表される歴史的施設や、俳人正岡子規をはじめ多くの文人を輩出しているほか、夏目漱石の小説『坊っちゃん』や司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』の舞台ともなった国際観光温泉文化都市です。明治6年本愛媛県庁が設置され県都となり、政治・経済の中心として成長をつづけ、今日では中核市として総合的な機能を備えた都市に発展しています。
地勢は、北西部の瀬戸内海に浮かぶ中島から高縄山系のすそ野の平野を経て、重信川と石手川により形成された松山平野へと広がっています。市の南側には東西に走る中央構造線上に道後温泉が湧出しています。市域面積は429.03平方キロメートル。気候は、温暖な瀬戸内海気候に属し、積雪や自然災害も極めて少なく、絶好の自然条件を備えています。太平洋側の高知県に比べ台風の通過も少なく、穏やかで恵まれた気候条件です。年平均気温 摂氏16.1度、年間降水量 約1,300mm。市役所は、東経132度46分・北緯33度50分の位置にあります。
本地域は、第1次産業においては「みかん」に代表される柑橘栽培、第2次産業においては化学工業製品を中心とした製造業が生産額・出荷額の基幹を成しているが、事業所数、従業員数においては第3次産業を中心とした地域であり、特に「道後温泉」や「松山城」等観光施設に関連する観光産業が主要な産業の1つとなっている。
松山公共職業安定所管内の平成20年1月から12月までの一般有効求人倍率の平均は0.73%で、全国の0.88倍、愛媛県の0.85倍と比較して、低い水準で推移している。
特に常用有効求人倍率は、平成20年の年平均において0.55倍と、全国の0.74倍、愛媛県の0.68倍よりも低い水準となっており、地域内の求職者にとって非常に厳しい雇用情勢が続いている。

司馬遼太郎さんが40代のほとんどをかけて完成させた小説『坂の上の雲』。
物語は、松山出身の正岡子規、秋山好古・真之兄弟の3人の人生を辿りながら「近代国家」の仲間入りをしようとした明治の日本を描いています。
彼ら3人が、松山で生まれ、育ち、そして上京し、子規は文学、俳句の道、好古は陸軍、真之は海軍と、それぞれの持ち場で、日露戦争が勃発する激動の時代をひたむきに駆け抜けていく姿が描かれています。
『坂の上の雲』の主人公3人が抱いた高い志とひたむきな努力、夢や希望をまちづくりに取り入れたのが、『坂の上の雲』のまちづくりです。松山城をはじめ、市内には小説ゆかりの遺産が各地に残り、または眠っています。それらを行政と市民が一緒に見つけ、活用し、一体となってまちを元気にしていこうとするものです。
単に新しいものを作るだけではなく、地域で古くから培ってきた、既存の地域資源を最大限活用し、主人公たちのように夢や希望を持ちながら、官民一体となって、「物語り」が感じられるまちを目指す、それが全国ではじめて取り組む「小説を活かしたまちづくり」です。
『坂の上の雲』のまちづくりを進めるために、「フィールドミュージアム構想」を掲げています。
これは松山市内に点在する小説ゆかりの遺産をはじめとした地域資源を、一つの作品にたとえ、市内全体を「屋根のない博物館」に見立てながらまちの魅力を紹介し、高めていこうとするものです。
具体的には、市内を、松山城を中心とした「センターゾーン」と、それぞれに地域特性を持った6つの「サブセンターゾーン」、個別の地域資源としての「サテライト」を設定し、それぞれのゾーンで地域資源の活用、再発見に取り組んでいます。
『坂の上の雲』を通じて、歴史、文化、自然、様々な特色を持つ松山の魅力を引き出していきます。
フィールドミュージアム構想において、地域住民及び市民団体による地域資源の活用、創出の取り組みがなされています。そのような活動を支援しながら、官民が知恵を出しながら協働してまちづくりに取り組んでいます。主人公たちが抱いた高い志を多くの市民と共有しながら、一体となってまちづくりに取り組む、『坂の上の雲』のまちづくりには、多くの「市民参加」が必要です。
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